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余命

序章

手術着に着替え、私は歩いて手術室に向かう。
横には、看護婦さんがひとり、「こちらです」と言われるまま長い廊下を私は若い彼女について行く。

後ろには、家族が二名、暗い顔をして歩いているのが想像できた。

妻が、母がこれで人生を終わりかもしれないと思っているだろうと私は彼らの気持ちを何気に察していた。

私は、誰にも手術に立会いをして欲しくなかったから、一人で入院して、一人で手術をして、一人で退院して、一人でもしかしたら死ぬだろうことを決めていたが、

担当の先生は、この原因不明の腹部のわからない腫瘍が、
なんの検査でも分からなかった理由で、
手術本番の前、腹腔鏡にて、その物体を探り、
その場で手術方法を決めるという、
稀な手術方法になった為、どうしても家族の存在が必要との、病院側の話だった。

私は、本当に何も怖くはなかった。



一番の理由は、兎に角、手術により、悪いものを取り除ける病気は、病気のうちに入らず!という考えが、いつの頃からか、私には当たり前の考えとして頭にあった。

世の中には、病にただひれ伏し、手術も出来ない悲しい病がある。

例えば、ダウン症として生まれた赤ちゃんは、手術により、ダウン症から、回復できるかといえばあり得ないし、

心を病んだ、また、精神を病んだ人たちの頭をかきむしるような苦しみを
頭を切り裂いて、手術で取り除けるのかと。

無理な話であったから、私はいつも、感じていた。
「はい、悪いものができてますね。手術でとりましょう」と医者が言えば、
悪性腫瘍か、良性腫瘍かは、後の問題で、
まずは、体の中の悪者を取り出すことができる、ラッキーな病気だという認識がありすぎた。

だから、私は、たまたま偶然すごい話から体の腫瘍が見つかり
運が良い、幸せだなと感じた。

そして、潜在意識の中に、

やっとで、やっとで、もしかしたら、最悪は
この世を終えることが出来るかもと
考えだすと、罰当たりだがなにか、
ほっとするような気持ちが
何処かにあって、
この苦しゃばから、いずれおさらばできる幸せ感。。。
十分、ひとより、数十倍濃い人生を生きた満足感が私にはあり過ぎた。

やりたいことは12分にやった。
人生に後悔はない!

今から、ハラキリをやるのだって
麻酔をすれば、全くわからないし、
ハラキリの恐怖など、1%も、
私の中にはなかったと、その時、はっきり言えた。

この世に、ある意味、開き直った私だから、
そんな感覚、感情で、手術に向かうことができたかもしれない。

生まれて初めての手術室は、まあ、40畳もあるだろう広い明るい部屋だった。
真ん中あたりに、広い手術台があり、
そこに這いずるように上がりこみ、上向きに寝るように指図され、私は何故か天井に、あの手術室特有のライトがあったか無いかは、全く記憶に無い。



大好きなI先生の姿は、まだ全くないが、十人くらいの手術スタッフがその大きな部屋でガチャガチャ動き回っていた。


わあー、かっこいい!
生まれ変わったら、手術専属看護士になるんだなんて事感じながら、手術台に横たわった。
イメージは、ブルーカラー。
新しい手術室は、ピカピカ。

毎日、毎日、この上で、病の人々が、
嫌な気持ちで、覚悟を決めて
手術を受けるに違いない。

今自分の形は手術台の上で捌かれる魚のようだが、、まな板の鯉なんて上等過ぎ。

私は、なんの魚?

ボラくらいかな?

自分自身は全く平常心で、心乱れることなく、
恐れ、不安、疑惑、疑念、この世に怨みつらみは一切なく、
少し期待感があるとすれば、
麻酔で、人生の数時間といういっときを無に出来、苦しみからも、楽しみからも、全ての複雑な人間の感情から、瞬時でも解放される数時間を過ごせるのが、何より経験したい一つであったから、ある意味でその経験にはワクワクする感情があった。
その上、知らぬ間に、手術は終わるのであるから、恐怖の意味などはない。

ナースが私に
「気を楽に持ってくださいね」と言うが
私には、全くその言葉は、的外れだった。

楽、楽、
私は寝てればいいのだから。

それしか、全く感情はなかった。

私は、おかしい人間かもしれないと、ふと思っていると、かっこのいいブルーのユニフォームすがたの静脈注射係のナースが、
私の手の甲に、ブッスリ針を刺した。

「痛いですが我慢してください」と言われたが、なぜか昔から私は痛みに非常に強い。

蚊に刺されるより、感じない注射だった。

さあ、始まるなーと。。。

「エビ型になってください」と言われ、私は体の左側を下に出来るだけ背中を丸め、背骨に下半身麻酔注射を打たれ始めた。



それは気持ちの良いものではないが、想像の10倍弱い痛さだった。
しかし、神経に触れたのか、私の上側になっている右足が、突然、私の意思に逆らいロカビリー歌手みたく、思いとは裏腹に、70cmくらい、天井に向かい細かく痙攣し始めたのは記憶にある。
まるで吊り人形みたいな、無様な形だったが、まだ裸ではなかったから、
ま、いいかーと言う感じ。

麻酔医が驚き
「腰に病気ぐあるんですか?」と聞いてきたが
私は覚えがないし、
「ないでーす」と答え

又、背骨に麻酔薬が打ち込まれた。

あれー又々、右足がロカビリー!

麻酔医はそれも気にせず、見えない注射は
背骨に打たれた。

さあ、さあ、下半身が彼方に消えていく。。

次、私はさしたままの背骨麻酔をつけながら
仰向けになり、麻酔医は私の鼻と口に、麻酔マスクをかぶせ、
大きく深呼吸と言われ、私は二度、深くそれを吸う。

さー、この世が消え行く。
憧れの無の世界に、私は突入して行く。

と、私の何かが不明なお腹の手術は、
これから、3時間半に渡り、I先生により
行われるのだか、私の人生の全く不明な
3時間半となるのだ。


続く
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16歳の私が見た未来

50年も昔の話だが、
カトリック系の学校で学んだ私たちは
毎月、バチカン系の宗教雑誌を手にした。

私が一番衝撃を受けた表紙がこれだった。

ピエタ



母と子の姿。マリアと最期のキリスト

母より先に逝った息子を抱く母の姿。

ミケランジェロの傑作であり、
この絵が焼きついた16歳の私は、
40年後、初めて
イタリアのサン・ピエトロ寺院で
この像の前に立ち竦め、
「これだ、、、私の人生は、これだったのだ。。」と、呆然とする。

あれから私は、55歳になっていた。

何があろうと、どんな事になろうと、
母である私は、

このマリアのように、
取り乱す事なく、淡々と
興奮もせず、

息子の人生に起こった出来事を、
死と同じように受け止め、

慌てる事なく

生きるのだ!と

16の私が思ったことが、現実となり、
しかし、

わたしは、その決心を変えることなく、
取り乱すことなく


今も、この母マリアと同じ顔で

平気で生きている現実。

16歳で、漠然と予言した自分の人生が、
まさしくその通りになり、
イタリアバチガンの本物のミケランジェロのこの彫刻の為、過去、何度もここを訪ね

あーーーやっぱりと、実感した瞬間。

それでも、この子を失ったマリアの、冷静な冷たい母の顔ではあるが、
そのスローモーションのような母の諦めは
私の悲しい理想であり
痛いほど、理解してしまう自分がいる。

ミケランジェロの思いは、一体どこにあったのであろうか。

友人がいらないと言うし。。

朝、近所の友人から電話。

「いらないバック、沢山あるからさ
見てよ」

はい。すっ飛んで行きましたわよ。
車で3分。
それくらい、歩けよ!

で、発見。



イギリスの「DAKS」と書いてある。
私もダックスのバック、一つあるわ。
このバック、使用感まるで無し。
取っ手が使われていない。
使わなかったらしい。

新しいまんま。

5点ばかり持ってきて、メリカリに出す。
殆ど。使用してない感じ。

家に帰り、手入れする。
私は、こういうことが好きなんだな。

お手入れ。

見違える物たちをみると幸せ。

↓これが私の必須アイテムだ!



これ無くては、私の革生活はあり得ない。

優れもの。

しかし、今日はラッキー🤞🤞🤞

初盆がわからない?

初盆だよ。という
意味が通じない若者(?)が増えてるみたい。

お宅に線香でも持参して伺うことなんだけど、
そんな風も分からない大人、多すぎ。

嘆かわしい時代。

お経、聞いただけでありがたくなる年になりにて候。

眩しすぎの高校生たち。

朝からせわしなく、ハプニング続出。

何で私の人生ってこうなんだろ。

用事で疲れ果て、外出中に夕飯なんかいらなかったんだけど、私には珍しいうどんちゃん。
290円
なんたること!



でも美味しかったかな。
その後、やけ酒のめないから




これで酔う。酔えっこないよ!


このまま、家に帰らないで
消えようか。


隣を見たら男子たち。工業系の高校生だそうな。
バーさん、平気で声かけナンパ。笑

楽しそうだな。
先に夢ありそうだな。
まだまだ、子供だな。

これから先、元気で行けよ!
と、心で叫んだら


久しぶりに涙が出てきた。



みんな、幸せになれよ!
みんな、病気になるなよ!
みんな、いい女又は男探せよ!

このバーさんは心から

君らの健勝を願うぞ。


今日、悲しい私は、心から思いました。
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くーさん

Author:くーさん
nozoki[1]

晴れの日に 時どき 出てきます。
   
★春を待つ 老いには老いの 夢ありて
(作者さんお借りします。
作者 高岡智照)




2013年4月19日からのカウント



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